前院長雑感(南の風)

畏友栗山君の死から(7)(2019/04/19)

 今まで学会や講演に呼ばれてもほとんど観光などとは無縁のことが多かったが、今回は栗山君には本当にお世話になった。「持つべきは良き友かな」と実感できた福井の旅だった。
福井大学での学生講義に行く前、「学生講義はもうこりごり」というようなことを書いた。「価値観、世代観、言語問題(要するに、かごっま弁)」の壁を考えると、ちょっとシンドイナという正直な思いであった。
 「病む人に学ぶ~30年の難病医療から~」と題した講義は予定通り、2004年11月4日午後、90分の授業として執り行われたが、心配していた私語も熟睡もなくまあまあ無事に終わった。そしてそのまま、栗山教授による郷土史紀行の忙しいスケジュールにと突入したのだった。
 先日、その栗山教授から、講義の後に学生一人一人に書いてもらった感想文が送られてきた。「遠方からはるばる来たお客さん」への同情も込められていると思われるが、感想文では随分「よいしょ」してくれたもので、今時の学生さんも「捨てたものではない」と単純にうれしくなった。
 代表的な意見を羅列してみる。
1)神経内科というものが随分難しい学問というイメージが強かったけど、実際の患者さんとの関わりや生き方を聞いていると親しみを持てるようになった。
2)病気はなってみないとわからないと思うけど、呼吸器を着けてでも生きるべきだと思います。なぜなら楽しそうだからです(甘いな、でもKさんと阪神の優勝を喜ぶ狂喜乱舞の集合写真を見せたからかな)。
3)患者さんと、家族の様子、生活の大変さを少し感じ取ることができました。
4)今自分がどのような医者になれるかを考え、模索中です。医学部に入る前に目指していたことを、もういっぺん向き直ってみようと思いました。
5)私も先生のように患者さんと正面から向き合って「人財」となれるようにがんばりたいと思います。
6)90分、とても良い講義でした。「コミュニケーションのとれる医師になろう」と今日の講義で感じたことをずっと忘れずにいたいです。
7)先生の話はどれも興味深かったですが、みきちゃんの作文がとても心に残りました。また「初めて授業中に泣きました。心に残る素敵なお話ばかりでした」という感想文もあった。
8)障害を持って生まれてきた自分というものを生かして、共感のできる医師になりたいと思います。
9)前に座っていた鹿児島出身のものです。何かの縁だと思って、神経内科に進もうと思います。鹿児島弁はやはりいい味を持っているなと再認識しました。他に「桜島に行きたくなりました」とか、「今度鹿児島に行ったときには病院に寄らせてください」というものもあった。
10)教科書で読むだけでは難病の人の実際の生活、気持ちは見えてこないなと思いました。ここに書ききれないほどいろんなことを感じました。
11)医師として難病の仕事はとてもやりがいのあることだと思うので、どんな方向に行きかはわからないけど、しっかり勉強して社会に貢献したいと思う。
 まだ他にもいろいろな感想文があったが、講義の目的が神経内科に親近感を持って欲しい、福井大学に残って、よしんば神経内科に入局して欲しいということだったから、一応の目的は達成できたように思うことだった。また鹿児島に行ってみたいという学生も何人かおり、若い人と世代を超えて「いいコミュニケーション」を築くことができたのは望外の喜びである。(終)
 福山や坊津秋目の再録は長くなるのでやめにする。栗山君からは「イランこと書いてくれたなあ」と苦笑いしながら言われそうだが、人間の記憶は忘れないうちに書きとめておくといつまでも心のどこかに残る。そう長くないうちに、あちらで昔のように語りあかそう。


南風病院画像診断センター政記念消化器病研究所病院広報誌「南風便り」